要(よう)は、問いかけることによって、答を見出すって感覚です。
だって答は自分の中にしかないんですから。
何回も繰り返し問い続けて、腑に落ちて、「なるほど!👏そういう事か。」
って解るまで、デフォルトになるまで意識し続けてください。
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更にもうひとつ。
意識を無に向けるのか、有に向けるのか・・・フォーカスする方向によって
作られる現実が違うことを、お話しします。
悪い例を一つ紹介します。
「できない、上手くいかない。」だから( ^ω^)・・・
「できる、ある、大丈夫、少しでもやってみる、お金はある、時間はある。」
と言い聞かせても、ただ言葉尻を変えただけの改革には、意味がありません。
何故ならそれは、体感していないし、腑に落ちていないからですよね💛
自分の中から内側から見出してるって感覚ではなくて、
表面的に言葉を変えてるだけだって事が、分かります。❓
こういうことをやっていると、
解釈やインプットが、ズレているので、
当然、アウトプットもズレて、結果もズレて、現実がこじれていきます。
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では良い例を紹介しましょう。
例えば、ビジネスで成功したいと思うじゃないですか❓
自分はまだフェラーリに乗れていない。だから自分は豊かになれていない。と無に意識を向けてしまう。
「じゃあ蛇口をひねってごらんよ。!」
「蛇口をひねれば水出るでしょ。水あるでしょ。」
最悪、水道代を払えないとして水出ない・・・とするでしょ。
でも公園に行って蛇口ひねってごらんよ。 水出るでしょ。
これが、無に意識をフォーカスするんじゃなくて、
有に意識をフォーカスするって事です。
コレを朝から晩まで、有に意識を向けたら、どうなるかって言ってるんですよ。
表面的プラス思考で表面的に切り替えて、表面的に上澄みをすくって
刈り取って、書き換えても、根っこが残っていますから、上手くいくはずないですよね。
根っこが残っているって事は、
腑に落ちてなく体感していなくモヤモヤしている状態。
喜んで「潜在意識の書き換え」なんてやったって、
何にも変わらないんですよ。
要(よう)はスクリーンに何かを書いてみたり、二重線で打ち消してみたりとか、
ツイてるって言ってみたり、書いてみたりしても、変わらない。
正に、ソッチを変えるんじゃなくて、コッチを変えるんですよ。(⋈◍>◡<◍)。✧🩷
↓ ↓
現実 前提
言動
思考
自分で見出して自分で気付いて体感しないと、全く意味がないんです。
あとは、模範解答を刷り込んでみたり、「吾(ワレ)唯(タダ)足るを知る。」とか、
刷り込んでも、何の意味もないですよ。
腑に落ちて、思えているって事が大事なんです。
自分で見出すって感覚が大事なんです。
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カンタンですよね。時間かからないですよね。場所も取らないし、選ばない。
すぐできますよね。誰でもできますよね。子供とできますよね。一緒にできますよね。
脳に問い掛けるとか、気付くっていうのは、本当にどこでもできるんです。
例えば、病院のベットで具合が悪くて寝たきりになってるとか、
自宅の布団にヨコになっていても・・・・・できます。
電車やバスを待ってる時も、出張の移動の新幹線の中でも、タクシーの中でも、
トイレや風呂の中でも、
動けるようになったら、家に居る必要もない。
会社や自宅で、やる必要もない。
別にやりたかったら、森の中でもBBQやりながら移動中でもできるし・・・・。
だからどこでもいいってことです。
日本でやってもいいし、海外でもいいし。
だったらやった方がいいんじゃないですか?。だって問い掛けるだけなんですから。
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他の人に聞いたって、しょうがないんですよ。
「suiさん。私の【有】ってどこにあるのでしょう❓」
sui 「そんなの私に聞いたって解りませんよ。」
私の答えを言ったって、解決しないんですよ。
それをムリに刷り込んで、本当はそうじゃないのに、できない自分を作って、
ジギルとハイドの状態になるから止めましょうねって、意味なんです。💛
・
通常モードが、スーパーサイヤ人になるんですよ。
イージーモード になるんですよ。
パチンコで言えば、確変状態ですよ。
(勿論、今のままでいいって言うのであれば、今のままでいいんですよ。👍
これは、義務教育でも宗教でもないんですから。
どこまで目指すかは、貴方の自由なんですから。)
次回は、➅ 最後にをお送りします。
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